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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)9号 判決

東京都千代田区神田駿河台1丁目6番地

原告

日本ファイリング株式会社

代表者代表取締役

田嶋譲二

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

村松貞男

風間鉄也

布施田勝正

野河信久

熊本県熊本市上熊本3丁目8番1号

被告

金剛株式会社

代表者代表取締役

宮﨑邦雄

訴訟代理人弁理士

石橋佳之夫

樺山亨

本多章悟

粕川敏夫

主文

特許庁が平成3年審判第19393号事件について平成4年12月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続

被告は、名称を「移動棚装置」と称する考案の実用新案登録権者である(実用新案登録出願・昭和55年12月9日、実用新案出願公告・平成1年5月25日、登録・平成2年11月14日、実用新案登録第1837917号)ところ、原告は、平成3年10月3日、上記登録の無効を求める審判の請求をした。特許庁はこの請求を平成3年審判第19393号事件として審理した結果、平成4年5月8日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  本件考案の要旨

「複数単位の棚を移動可能に置き並べて任意の棚の前面に物品の出し入れ用の作業通路を形成しうるようにした移動棚装置において、棚装置から離れた位置に設けられ、入出庫情報を入力可能な操作盤と、この操作盤に入力された入出庫情報に基づき在庫管理を行うコンピュータと、各棚に設けられた始動指令スイツチとを有してなり、上記コンピュータは、入出庫情報の入力終了により、この入出庫情報に基づき入出庫を行うべき最初の場所に通路を形成し、また、上記始動指令スイツチを操作するたびに、上記入出庫情報に基づいて入出庫を行うべき次の場所に通路を形成するように、上記棚装置に開指令信号を入力する機能を有することを特徴とする移動棚装置。」

3  審決の理由は、別紙審決書写し理由欄記載のとおりである。

4  審決の取消事由

審決の理由ⅠないしⅢは認めるが、同Ⅳ及びⅤは争う。原告が昭和54年8月31日に島根医科大学に納入した移動棚装置(以下「本件移動棚装置」という。)は本件考案の出願前に公然と使用されていたのに、本件移動棚装置の上記大学への納入及び同大学での使用の事実は認められても、本件出願前に、本件移動棚装置が公然と使用された事実は認められないとした審決は、事実誤認及び実用新案法3条2項2号の解釈を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。

すなわち、実用新案法3条2項2号の「公然実施」における「公然」とは、一般に秘密を脱した状態をいうと解され、また、「実施」とは、同法2条3項所定の「譲渡」を代表する販売においては、特別の事情がない限り、販売に係る考案は公然実施されたものと解すべきである。すなわち、譲渡があった場合は、譲受人は製品を自由に分解し、破壊し、又分析することができ、これによって考案の内容を知ることができるので、譲渡人において内容を秘する意図があるとすることはできず、その販売された物品に関する考案は秘密を脱した状態にあるものと解される。これを本件移動棚装置についてみると、製造者の日本ファイリング株式会社又は物品供給契約者の西本産業株式会社と島根医科大学との間に本件移動棚装置に関して分解、分析等を禁止する契約やその内容について守秘義務を負う旨の特別の契約は締結されておらず、島根医科大学においても、本件移動棚装置に関する内容を秘密にしなければならないという注意がなされたという事実もない。したがって、本件移動棚装置に関する考案は、納入販売された事実により公然実施されたものというべきである。

そして、本件移動棚装置に秘密性を有するカルテ類が納められる場合についても、既に納入販売行為により本件移動棚装置に関する考案が公然実施されたものであることに変わりはない。また、カルテ類が極めて秘密性の高い書類であっても、本件移動棚装置自体は単に書類を収納する棚にすぎず、収納される書類の性格により移動棚自体について守秘義務が生じるものではない。島根医科大学においては、カルテ類の整理を円滑にすることを目的とするものであるから、本件移動棚装置の動作や機能をカルテ管理の担当者が第三者に教えたところで、直接カルテの秘密性が保たれなくなるというものではない。現に、同医科大学では、本件移動棚装置を含むカルテ管理システムは画期的であったため、多数の見学者に説明し、そのための案内パネルまで設置されたものである。したがって、収納する書類が秘密にすべきものであることから、これを収納する本件移動棚装置も秘密にすべきものとする審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2  反論

原告が援用する各証拠にはいずれも疑問点があってその信用性は乏しく、これらの証拠をもって本件移動棚装置に関する考案が公然実施されたとの事実を認めることはできないから、審決の認定判断に誤りはない。すなわち、まず、甲第3号証(審決における甲第2号証)をみるに、まず、同号証の作成者である飯倉啓彰自身が同号証記載の証明事項を証明し得る立場にあったか否か明らかではなく、証明事項を裏付ける契約書や納品書等の提出もない。また、同号証に添付された別紙1についてみると、約12年前の内容を事細かに記憶しているとは通常考えられない。別紙3については、作成者と推定される富士通株式会社と日本ファイリング株式会社が島根医科大学といかなる関係にあるか不明である。さらに、本件考案の技術内容や甲第3号証添付の別紙1ないし4記載の技術内容を理解するためには、電子制御に関する高度の専門的知識を要するが、島根医科大学事務局長という立場の前記飯倉がかかる高度の専門的知識を持ち、技術内容を理解の上、証明したかについても疑問が残る。別紙4の写真についてもその日付を裏付ける証拠はないし、写真内容自体についても各写真を対比すると当然に写るべき部分が写っていないなどの疑問がある。甲第3号証(審決における甲第4号証)と実質的に同一内容の甲第4号証についても、前述した甲第3号証と同様の疑問が当てはまるものである。甲第5号証には、物流機器関係の専門用語である「棚ロケーション」、「棚ロケーションデータ」、「スタックランナー」などという物流機器の専門用語が使用されているが、同号証の作成者は医学の専門家ではあっても物流機器の専門家とは思われないことからすると、真実、自己の記憶に基づいて作成されたものか否か疑問があるし、陳述内容を裏付ける証拠は何ら提出されていない。甲第6ないし8号証は、いずれも島根医科大学付属病院の開院に関する紹介記事であるが、いずれの記載を見ても中央病歴システムを不特定人の見学に供した旨の記載はなく、また、システムの概要が記載されているだけで、技術内容に関しては記載がないから、同号各証の記載をもって、公然実施の事実を断定することはできない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  原告は、本件移動棚装置が昭和54年8月31日、島根医科大学に納入された事実を認めながら、本件移動棚装置が秘密性の高いカルテ類を収納するものであることを理由にして公然実施されたとまでは認められないとした審決の認定判断は誤りであると主張するので、以下、この点について検討する。

(1)  いずれも成立に争いのない甲第3ないし第9号証によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、〈1〉従来、国公立病院を始めとする殆どの病院では、診療録、すなわちカルテの作成及び管理は各診療科毎に行われていたため、患者が複数の診療科に受診している場合の他の診療科のカルテの参照等に不便があり、また、患者数の増大に伴い、カルテの作成管理から会計処理に至るまでの各場面における統一的な処理に困難を来していたところ、電子計算機の導入を図ること等により、これらの事務処理の近代化を図ることが重要な課題となっていた、〈2〉国立島根医科大学付属病院の開設に際しても、病歴情報管理から医事会計、薬剤処方管理等を電子計算機によって一元的に処理するシステムの構築が検討され、開設準備の一環として、昭和52年から、小児科教授の森忠三が病歴情報処理専門部会の会長として、上記システムの開発に当たった、〈3〉森教授は、各大学病院等への実地見学の実施等を含めて種々検討の結果、カルテの電子計算機による一元的な管理システムを構築するためには、従来の各診療科単位のカルテ管理システムを一新する必要を痛感した、〈4〉そこで、病歴情報管理専門部会で検討の結果、一患者一番号制を導入し、中央カルテ室を設けてカルテを一元的に集中管理する案が採択された、〈5〉上記採択案に基づき、昭和54年8月31日、日本ファイリング株式会社製造の「診療管理システム」(原告がこのシステムを本件移動棚装置と称していることは弁論の全趣旨により明らかである。)が西本産業株式会社から島根医科大学付属病院に納入された結果、カルテ格納棚、カルテフォルダー、診療録ファイル、ミニコンピューター及びマイクロシステム機器から構成される中央カルテ室のシステムが完成した、〈6〉一患者一番号制による中央カルテ室によるカルテの一元的処理体制は、従来の診療課単位の診療録管理システムを一新した当時としては画期的なシステムであったことから、昭和54年10月8日の開院式には、見学通路に本件移動棚装置を備えた中央カルテ室が含まれ、多数の来客に対して、カルテの収納はなかったものの、同装置の稼働動作等の説明が前記森教授らによってなされた、以上の各事実が認められ、他に上記認定を左右する証拠はない。

(2)  被告は、前掲甲号各証の信用性について論難するので、この点について検討するに、まず、甲第3号証についてみると、同号証は、国立島根医科大学事務局長である飯倉啓彰が支出負担行為担当官としての職務上作成した公文書であることはその体裁から明らかであり、契約年月日(昭和54年6月5日)、納入年月日(同年8月31日)、契約業者名(西本産業株式会社山陰営業所)及び供給物品名(診療管理システム一式)並びに関係書類の存在等の証明事項も支出負担行為に関連した同人の職務範囲内のものであるから証明事項の範囲に不自然とする点はない。そうすると、同人は上記証明事項を証明し得る立場にあった者であることは明らかであり、しかも、同号証が前記のように同人の職務に関連して作成されたものであることからすると、前記契約当時、同人が前記の支出負担行為担当官の立場になかったとしても、当然、別紙1ないし4などの契約関係書類等を調査の上作成したものであろうことは容易に推認可能というべきであるから、その証明内容はその内容自体に格別不合理な点がない限りは信用性があるものというべきところ、特にこの証明内容自体を不合理とする理由を見いだすことはできない。被告は、前記飯倉が前記事項を証明し得る立場にあったか否か明らかではないと主張するが、前記のとおりその証明事項は支出負担行為担当官の職務に関連したものであるから上記主張は採用できないし、また、12年前の事柄を記憶しているとは考えられないとするが、前記のとおりその証明事項は僅かな職務上の調査で証明可能というべきであるからこの主張も採用できない。さらに、契約書や納品書の提出がないことを非難するが、「診療管理システム」の納入を証する他の甲号各証と照らし合わせると、これらの提出がないことをもって、何ら前掲甲第3号証の信用性が減殺されるものではないというべきである。なお、被告は同号証添付の別紙1ないし4の内容を理解するためには高度の専門的知識が必要であるところ、前記飯倉がかかる専門的知識を有したかは疑問であると主張するが、前記各添付書類は「診療管理システム」契約の関係書類として大学当局に保管されている事実を証する文書にすぎず、これらの文書に基づいて技術的内容が証明されている訳ではないから、専門的知識を要するとの被告主張も失当である。したがって、被告の甲第3号証を論難する主張はいずれも採用できない。次に、同第4号証は、前記「診療管理システム」の製造業者である日本ファイリング株式会社から上記システムを島根医科大学へ納入した西本産業株式会社に対する上記「診療管理システム」の製造業者名及び納入者名並びに納入システムの内容に関する証明依頼とこれを証する上記西本産業の証明文書であるところ、その契約内容及びシステムの概要等を証明する添付書面は、前掲甲第3号証の別紙1ないし4と全く同一文書である。そして、これらの文書の記載内容自体に格別不合理とする内容は見られず、かつ、同一文書が前記のとおり島根医科大学にも保管されている事実を勘案すると、その証明内容の信頼性を疑う事情を見いだすことはできない。なお、被告は、甲第3号証の別紙4の写真(甲第4号証にも同一の写真が添付されている。)の内容には不自然な点があると主張するが、これらの写真に島根医科大学付属病院及び前記「診療管理システム」の状況が撮影されていることは同写真の説明に関する記載部分及びその写真自体から明らかであるところ、前掲甲第4号証によれば、これと同一の写真に基づき前記西本産業株式会社が前記「診療管理システム」納入の事実を証明している事実からすると、その撮影の趣旨は、製造業者として製造過程を受注者に明らかにする目的で製造業者である前記日本ファイリング株式会社の社員である相井三男によって昭和54年の前記納入日ころまでに撮影、提出されたものであることが推認される。そうすると、各製造過程を時の経過に従って撮影したものと推認されるから、その撮影内容が完全に合致しないことをもって直ちに不合理とすることはできず、他にこれを不合理とする証拠はない。また、前掲甲第5号証についてみると、同号証は、島根医科大学名誉教授森忠三作成に係る証明書であるところ、同人は、前記認定のように、同大学病歴情報処理専門部会の部会長として中央カルテ室のカルテ管理システムの構築を推進した中心的な人物であるから、システム内容に精通していることは当然であり、その証明書に棚ロケーション、スタックランナー等の物流関係の専門用語が使用されていたとしてもこれをもって格別不合理ということはできず、その詳細な記載内容は前記の立場に照らすと十分に信頼するに足り、他にその記載内容を格別不合理とする証拠はない。さらに、前掲甲第6ないし第8号証の各新聞記事についてみると、これらの甲号各証には、いずれの新聞においてもカルテをコンピューターで管理する「中央病歴システム」が紹介されており、これが前記の「診療管理システム」を指すものであることは前掲甲第3号証の記載と対比すると明らかであるところ、これらの各新聞記事中に「診療管理システム」の詳細な内容の記載がないことは確かに被告の指摘するとおりである。しかしながら、前記「診療管理システム」は本来的には医師ないし病院関係者の必要に基づくシステムであって、これが直ちに患者等の一般利用者側の関心に直結するものでないことを考慮すると、各新聞がそろって前記のようなカルテ管理システムを紹介している事実は、このシステムの斬新な性格に由来するものであり、また、病院側においてもその紹介に力を入れたであろうことを推認せしめるに十分というべきである。加えて、前記の各甲号証よれば、島根医科大学付属病院は当時における島根県きっての大規模かっ近代的な医療設備を備えた病院であることが認められるから、この事実からする、前記認定の開院式には医療関係者等を始めとする相当多数の参列者があったであろうことが容易に推認可能というべきである。そして、前記の「診療管理システム」は、従来における各診療科単位の診療録の作成管理システムを打破した当時としては極めて画期的なシステムであったことは既に認定したとおりであるから、そのシステム構成の内容が多数の医療関係者等を中心とする参列者に紹介されたであろうことも十分に認められるところであって、そのシステムの内容が詳細に前記各新聞に報じられていないからといって、この一事から上記の事実を否定する根拠とすることはできないものというべきである。したがって、被告の前掲各甲号証に対する非難は根拠に乏しいといわざるを得ず、採用できない。

ところで、審決は、前記「診療管理システム」が高度の秘密性を有するカルテを収納することを理由に無関係の第3者にシステム内容が公開されたとは考えられないとするが、システム自体とカルテの内容とは本来別個のものであるから、収納容器の公開が直ちに収納物の開示につながる収納状況にあるかどうか等の諸事情を検討することなく、収納書類の秘密性を理由に直ちにこれを収納する本件移動棚装置自体も秘密性を帯びると即断することは困難といわざるを得ない上、そもそも、前記認定のように、開院式当日にはカルテを収納しない状態でシステム内容の説明が行われているのであるから、審決の上記認定は根拠に欠けるといわざるを得ない。

(3)  そうすると、以上認定の事実によれば、島根医科大学付属病院の前記「診療管理システム」、すなわち本件移動棚装置に係る考案の内容は、昭和54年10月8日の開院式に不特定多数の者に対して開示されたものということができるから、この開示が特許法29条1項2号にいう「公然」に該当することは明らかというべきであり、審決のこの点に関する判断は誤りといわざるを得ない。

したがって、取消事由は理由がある。

3  よって本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

平成3年審判第19393号

審決

東京都千代田区神田駿河台1丁目6番地

請求人 日本ファイリング株式会社

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 鈴江武彦

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 村松貞男

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 坪井淳

熊本市上熊本3丁目8番1号

被請求人 金剛株式会社

東京都品川区東五反田1丁目18番3号 竹田ビル3階 石橋特許事務所

代理人弁理士 石橋佳之夫

東京都新宿区新宿5丁目4番1号 新宿フラットビル708号 中吉法律特許事務所

代理人弁理士 中吉章一郎

上記当事者間の登録第1837917号実用新案「移動棚装置」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ. 本件登録第1837917号実用新案(昭和56年5月1日実用新案登録出願。平成2年11月14日設定登録。以下、「本件考案」という。)の考案の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの、

「複数単位の棚を移動可能に置き並べて任意の棚の前面に物品の出し入れ用の作業通路を形成しうるようにした移動棚装置において、棚装置から離れた位置に設けられ、入出庫情報を入力可能な操作盤と、この操作盤に入力された入出庫情報に基づき在庫管理を行うコンピユータと、各棚に設けられた始動指令スイツチとを有してなり、上記コンピユータは、入出庫情報の入力終了により、この入出庫情報に基づき入出庫を行うべき最初の場所に通路を形成し、また、上記始動指令スイツチを操作するたびに、上記入出庫情報に基づいて入出庫を行うべき次の場所に通路を形成するように、上記棚装置に開指令信号を入力する機能を有することを特徴とする移動棚装置。」にあるものと認める。

Ⅱ. これに対して、請求人が本件考案について登録無効の理由として主張するところは、要するに、〈1〉『本件実用新案の登録請求の範囲に記載された移動棚装置が、その出願日以前に公然と実施され』(請求の理由第15頁第3~5行)たものであり、また、

〈2〉『本件実用新案はその出願日以前に公然と実施されている技術に基づいて、移動棚の技術分野に属する通常の知識を有するものであれば、きわめて容易に考案をすることができたものと認められる』(同第14頁第12~16行)ものであり、したがって、本件実用新案は実用新案法第3条第1項第2号及び同第2項の規定によって当然無効とされるべきものという旨のところにあり、その主張の根拠として、島根医科大学医学部付属病院に設置されたと称する「診療管理システムのカルテファイル用の電動式移動棚」(以下、「島根医科大学の移動棚」という)が、本件出願日以前に島根医科大学に納入された事実は、同大学の支出負担行為担当の事務局長および本件システムの納入設置に関与した西本産業株式会社山陰営業所所長の署名捺印した証明書である、甲第2号証並びに甲第3号証により確認できるという趣旨の主張をし(請求の理由第15頁第6~11行)、また、本件実用新案の登録請求の範囲に記載された移動棚装置には、何等新規な構成が存在しないものであり、また本件実用新案の出願日以前から移動棚管理において周知の要求がそのまま表現されているのみであり、これをコンピュータ管理によって実現したのみであるという趣旨の主張をしている(同第14頁第5~10行)。

Ⅲ. 甲第2号証書証は、支出負担行為担当官 島根医科大学事務局長 飯倉啓彰が、日本ファイリング株式会社 代表取締役社長 田嶋譲二に宛てた、平成3年7月24日付の証明書であって、『本学に納入された日本ファイリング株式会社製「診療管理システム」について、下記のとおり証明します。

1.契約年月日 昭和54年6月5日

2.納入年月日 昭和54年8月31日

3.契約業者名 西本産業株式会社山陰営業所

4.供給物品名 診療管理システム 1式

5.診療管理システム1式の内訳 別紙1

6.中央病歴室・診療管理システム図 別紙2

7.操作手引書 別紙3

8.診療管理システム(中央病歴室)の写真 別紙4』

という記載があり、別紙1には、島根医科大学の移動棚を構成するためのものと認められる、「カルテ格納棚」、「カルテフォルダー」、「診療録ファイル」、「ミニコンピューター」、及び「マイクロシステム機器」という各物品名とその数量が記載されており、別紙2は、室内への上記各物品の配置を示すものと推定される「日本ファイリング株式会社」、「設計年月日54・5・18」等の記載のある図面であり、別紙3は、再来患者カルテファイルの検索・取出し、及びカルテファイルの返却について、カルテを格納した移動棚の計算機を用いた操作方法を示す『昭和54年10月1日 日本ファイリング株式会社 富士通株式会社』と記載された「操作手引書」なるものであり、別紙4は、日本ファイリング株式会社勤務相井三男が昭和54年に撮影したとする、カルテ棚制御装置とカルテ格納棚の外観(第5枚目)、カルテ格納棚の一部(第6枚目)、カルテ棚制御装置の正面(第7枚目)、移動棚の外観(第8枚目)、ミニコンピューターの外観(第9枚目)、「カルテ入出庫システム」と表記された説明板(第10枚目)、を含む10枚の写真である。

また、甲第3号証書証は、日本ファイリング株式会社が西本産業株式会社に宛てた平成3年7月18日付の証明願、及び、該証明願に対する西本産業株式会社山陰営業所所長 門脇隆之の同日付の証明書であって、該証明願には、『日本ファイリング株式会社の製造に係る、添付図面並びに操作手引書、および写真に示す電動式移動棚(電動スタックライナー)および診療録管理システム(別紙診療管理システム1式 内訳に示す)が、昭和54年6月5日付けの島根医科大学と貴社との「物品供給契約書」に基づいて昭和54年8月31日に貴島根大学医学部付属病院に納入され、同年10月より稼動されたものであることを証明願います。』と記載され、該証明書には、『上記の通り相違ないことを証明致します。』と記載されている。そして、その第2枚目以降には、上記甲第2号証の別紙1~4と同一のものが添付されている。

Ⅳ.そこで、請求人の主張について、検討する。

甲第2、3号証書証によれば、なるほど、島根医科大学に納入されたという移動棚が昭和54年8月31日に、同大学に納入された事実を認めることができ、一方、他に該事実を否定するに足る根拠はない。しかし、仮にそうであったとしても、甲第2、3号証により、飯倉啓彰及び門脇隆之が証明せんとする内容は、移動棚が昭和54年8月31日に単に納入されたという事実であり、他方、当該「納入行為」が、第3者の知り得る状態で公然となされ、かつ、第3者の立ち会いの下で設置後、公然と試用されたことを立証するものは存在しない。

さらに、当該両名による甲第2、3号証は、移動棚の試用後の稼動開始時から、少なくとも本件考案が出願されるまでの間、移動棚が第3者の知り得る状態で公然と使用されていたことを証明せんとするものでもない。島根医科大学の移動棚は、「来院者のカルテや入院患者の診療録」(以下、「カルテ類」という)を収納管理することを目的とするものであり、カルテ類を管理する担当者がコンピュータにデータ等を入力することによって移動可能となるものであるところ、カルテ類がきわめて秘密性の高い個々の患者に関するデータで、厳重に管理されるものである点等を勘案すれば、上記担当者が関係のない第3者に対し、移動操作方法を含むカルテ格納棚を教えたとは到底断定し得ない。したがって、同病院における移動棚の使用行為が、公然実施されているとは断じべくもない。

そうしてみると、本件考案は、公然と実施された島根医科大学の移動棚と同一であるとも、それに基づいてきわめて容易になし得たものであるともいえないから、本件考案が、実用新案法第3条第1項第2号または同第2項に該当するとの請求人の主張は採用できない。

Ⅴ.以上のとおりであるので、請求人の主張する理由及び証拠方法をもってしては、本件登録第1837917号実用新案を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年12月17日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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